前回の日記で「no」コマンドについて記しましたが、例えばアイデンが「no」で“out”した場合(前回の日記中、後者の「no」)、アイデンが、「out」が指示されていることを知っていながら、なんらかの(広義の)判断や感情によってそれに従わず、しかしながら自らが従っていない(ということをしている)ことをよくわかっていて、「no」によって既出の「out」に従うということに私は感心してしまいます。
本来はこのことに感心してはならず、また感心している程度の理解度であってもいけないわけですが、上記のようなアイデンの行動に、私は、コマンドに一度で従うことをもって人間の側からいうところのカシコサとは異なる“アイデン自身としての(もうひとつの)カシコサ”があらわれているという点に感心すると同時に関心をもってしまいます。 「no」で既出のコマンドに従うという態度は改められなければならないですし、むしろ私のコマンドの出し方こそ改めるべきなのでしょうが、今後私は、アイデンが一度でコマンドに従っている場合でも、それは決して(機械の)スイッチが入るようなかたちなのではなく、アイデン自身としての(広義の)判断や感情をもちながらコマンドに従っているということをあらためて忘れないでおきたい(!)と思います。 *「out・・・、out」で“out”するのではなく、「out・・・、no」で“out”した場合
by aiden301
| 2005-02-12 00:12
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